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アーゴ・アーゴとおいおい泣きながら何処に去っていったか杳として分からない娘を、心の中に探し求めているのが韓国の人々の心なのかも知れない。アメリカの開拓時代の荒くれ男たちが歌っていた『愛しのクレメンタイン』を心の中に探しているのはやはり朝鮮人全ての生き方の中の恨の思いであろう。
彼ら彼女らにとって、何時でも何か大切なものを失っていてそれを求めている或る種の苛立ちがある。朝鮮半島の女たちはお産する時は大声を上げて唸るという。尤もその唸りは彼女らにとって泣き叫びであり、お産の苦しみを歌う女の喜びの歌なのかも知れない。日本女性にとってはとても考えられないことだ。可能な限り耐えに耐え、抑えに抑えて上品に子を生むというのがやはり「大和撫子」の姿なのである。 半島の長い歴史の中に住む人達にとっては、アメリカのクレメンタインは密接に繋がっている同胞なのであろう。アメリカの開拓時代の可愛い娘の声が何時も荒々しい荒野に反響していた。『愛しのクレメンタイン』ではなく何処かに姿を隠した娘として途方にくれている半島人の心、「恨」で娘のことを歌わなければならなかった。 『愛しのクレメンタイン』は日本人にとってはのびのびと歌える『雪山賛歌』と化し、私達はそれを明るい心で歌っている。しかし半島人の心の中ではもう一度アメリカ西部開拓時代の重苦しい空気の中で、荒くれ男たちを相手に荒稼ぎをする可愛い女たちがフランスからやってきた。その時の明るい笑顔のフランス娘たちの心は苦しみ呻き滂沱の涙を流していた。荒くれ男達は彼女たちを錯覚しながら『愛しのクレメンタイン』を歌い続けて居た。 これらのフランスから来た女たちの心はそのまま朝鮮人の思いであったようだ。彼女らの人生の中心となっている恨がいきいきとこちらに伝わってくる。韓国よりむしろ北朝鮮の人たちの思いそのものがはっきり伝わってくる。 漱石の『坊ちゃん』よりはずしりと重い革表紙に金文字で『復活』と刻印されているトルストイの本の方が北朝鮮の人民の心に似合っているのかもしれない。半島人にとっては、特に奥のほうの半島人には恨みの心が一つの自然な魂の文学としてピッタリ当てはまる。 私の幼かった日、韓国人の友人は「アリラン、アリラン、アラリヨウ・・・」と泣きそうな顔をして歌っていたのを思い出す。半島の奥地の方の人々のリズムの方がこの歌を歌う時、恨のメロディーに合うのである。アメリカ映画の西部劇に出てくる男女のドラマと 韓流映画の中の男女とは、何処かが重なって見える。クーパーもウェーンも今日の韓流映画の中の若い男女たちとどうしても重なりあって見えるのである。寒い雪の降る中で抱きあう男女の姿は戦後間もなく私達日本の若ものの心をときめかせてくれた『慕情』のスクリーンを思い出させてくれる。暗い映画館の中でこんなに華やかな世界が広がっていたことを今でも覚えている。韓流映画は韓国の外貨稼ぎの手段だと分っている反面、『慕情』や『風と共に去りぬ』と重なって私達に見せてくれる時、半島人は涙を流しながら「アリラン・・・」を歌い『愛しのクレメンタイン』を嗚咽をおさえながら観るのである。
大自然の何処までも自然で穏やかな流れの中に、突然出現した原水爆のあの爆発音は地球上の誰にとっても大きな驚きだった。勿論その時世界中の新聞も、この激しい爆発のあった日本でさえ人々はこの原爆という名前を知らなかった。、広島、長崎といった大都会が一瞬にしてたった一個ずつ放たれた大型爆弾に依って、この地上から綺麗サッパリと消えて失くなったという事実を、まるで実際の話しというよりはむしろ何処かの昔話のように、少年であった私達は聞いていた。あんな大きな爆弾を落とすのは恐らく原子砲とか何百何千キロかの大型爆弾の仕業かもしれないと思ったのである。あの頃未だ十歳を少しばかり出た少年の私達はその当時あらゆる意味で軍国思想に依って洗脳されていたので、間違いなく軍国少年であった。それでもこのような見たことも聞いたこともない巨大な大砲から出る弾で撃たれれば、狙われた大都会などは跡形もなく消滅してしまうと聞かされれば、この戦いは日本帝国の敗北で終わるだろうと子供心にも密かに感じたものだ。この巨大な威力を持つ爆弾の力は巨大な大砲を操作した結果ではなく、初めて聞く原子爆弾の仕業であると知らされたのである。
それから間もなくあの暑い1945年の日本降伏の日がやってきた。敗戦の日から延々と続く19世紀の終わりから2000年の四半世紀迄の間、私自身大いに老いてしまい、八十歳もとうに過ぎてしまった。その間ずっと原爆水爆はラジオ、新聞、テレビ、雑誌が大きな問題として取り上げ続け、水力発電などの先に原発による便利な電気の活用法が考えられてきた。 小さな太陽とも言うべき地球上の何処かの場所で夢多い人間の未来を約束しているような原発が作られるようになった。だが人間の作り出した原発による平和な文明時間の生まれるはずの未来には暗い影が宿り始めた。 太陽の巨大な爆発は、大自然全体とマッチしているエネルギーを放射しているが、人の手になる爆発から流れ出る放射能は悪の放射能であり、あらゆる生命体の出現をプラスとするなら間違いなく生命にとってマイナスのものであることを漸く今の人達は気付き始めた。大自然の中の素直さや天然の大らかさであるあらゆる恒星の熱や高温のマグマは大自然の中の素直さだ。それは天然の大らかさでもあり、時間の流れの中の美しさだ。 しかし人の手による無理なお産をさせられた様な原水爆や原発は、とんでもない生まれ方をした反生命的な存在であり、反天然の物質、又は放射能なのである。そういった異状な小さな恒星の爆発に付き合わされた人間は何とも迷惑な話だ。そういう惑星の上に出現したあらゆる生命体は自分たちのそういつた不幸を悲しむだけだ。 未だ間に合うのかもしれない。あらゆる生命体にとって、又この惑星にとって原発はいらない。こんなとんでもない小さな恒星の異状お産に付き合わされているあらゆる生命体は、限りなく迷惑している。天然そのものの大地、地球に戻したい。素直な天然のお産の行われる地球になって欲しい。全てが、もっと貧しくとも、どんなに頑張っても一日数十キロメートルしか歩けない人間であり、木の芽や魚ぐらいしか食べていけない生き方でも、太陽の光を浴び、森の爽やかな風に触れ、全て存在するものをその通り生かしてくれる水の流れの中で、毎日何時間も豊かに過ごしたいものだ。政治家は不要だ。心の詩人、魂の旅人、ボロを着て働く農民や教師や母親たちが居ればそれで良いのだ。
「自信」は色々な意味を含んでおり、その力を考えてみても大小に分けられ、左に右に置かれたり向かい合ったり交差しながら様々な色合いを持つ。「自信」とはこういった様々な力として人という又は他の動物や昆虫たちにも微妙な働きをしている。それぞれの生命が奏でる旅の要素を逐一中継放送して生命そのものの生き生きとした時間を些かも絶やすことはない。
人が自信を持っているならば、大自然をもっと良く知っている人間などと思うかもしれない。小さな昆虫すら樹の幹に止まり、騒がしく声を上げる時、間違いなくそこに大自然をそっくりそのまま納得している活動があり、それは果たして人の言うところの知と比べてよいのものだろうか。人が他の生命体よりもずば抜けて離れた所に立っており、そこがよりレベルの高い生命の座であると思う人の方が何かを間違って解釈しているようだ。 人が自分の生きている今の立場をそのままこの文明社会の一角で信じ、完全な自信と認めているならばそれは大変な間違いである。恐ろしく最も大切な物を誤解していると知らなければならない。一人の人間が最も良く知り、理解し、正しく認められるのは天然の流れの中だけのことだ。大自然の大きな存在を全くその通り、掛け値なしに認めることの中に自信を先ず持たなければならない。人が恥じることなく認められるのはこういった自信であり、気の流れだけだ。どんよりと、しかもノロノロと身体を動かしているあの磁場の欠伸の中に、人の全てが隠されており、人はそれを隅から隅まで理解するとき、それを自信と言わなければならない。普通の社会生活の中で物事を認識するというのはこのことである。その人が何であれ、どれほど欠点だらけか、どれほど他人と違って素晴らしい物を持っているか、自信をもって言い切れるのは天の声だけだ。天然のあらゆる流れはその人のすべてを見通している。つまり天然は人の全てを知っている、認めている。人は自然の流れによってそのようにはっきりと作られているのである。占い師などはこれを「人に定められた運命だ。」などと言って誤魔化してしまうが、そういう不確かな理解の中で人間は天が認める自分に気付かないのである。 数多い人の中で社会の声や権力者の声に騙されずに荒野の声である天然のリズムとも言うべき声に素直に従い、日々を生きようとするなら、この社会が言っていることとはまるで違うものの評価によって人の生き方の中の重みも軽さも理解することが出来るし、誰が認めなくとも間違いなく自分の中にある天然そのものの重々しい、しかも聖なる才能に自信が持てるのである。 この、人によってはどの様にでも解釈できる物をはっきりと何事によっても代え難い才能や愚かさとして認める力こそ、古代ギリシャの頃の神聖なオラクルなのである。オラクルは今も尚地球上全域に働いている。これを信じて己自身の生き方の勢いとしようではないか。 現代では、神託は重々しい境内や本堂、聖堂の中から響いては来ない。素朴な人間のリズムとして巷に流れている。
日本中が協力する時発揮する力は、どうやらキリスト教やマホメット教の心を土台に持っている人々よりも、意外に強いのかもしれない。一旦幕府時代が終わり世界に目を向けて何かを始めようとした日本人は、一応二の足を踏んだり反対意見を述べながらも、最後には結局断髪をしてしまい、刀を捨て、敵討ちの美徳という一面において死刑制度と何処か似ている野蛮な行為を捨てた。このように自分たちにとって長らく美徳であり生き方の中心であったものを簡単に捨てる日本人は、確かにヨーロッパの人達にとっては又他のアジアの人々には、熱しやすく冷めやすいという日本人の大和心や又なでしこの勢いには結局限界があり、然程驚くべき人の中の偉大さではないと見られていたかもしれない。子を大切にし、子の為なら生命さえ抵当に入れることが出来る日本人だと自国に紹介した外国の女性も居り、幽霊の話や神や仏の足跡がはっきりと見える敷島の異常なほどの清らかさや陽の光の明るく照る日本を紹介した西洋人も居り、昔から今に至るまで日本に帰化した文学者や文学研究者などが多いのまた、日本が特別に彼らに愛されているせいだろう。特別利口な或るアフリカ人は、日本国内で大金を電車の中に置き忘れてもそれが間違いなく交番に届けられているというこの国の人間たちの変わった姿に、体格の良い身体でおいおいと泣き、涙を流しながら「私は生涯この国に住みたい」と言っていた。
確かにこれらの外国人が口にしている一言半句には、これまで恥ずかしがり、自信のなかったあの弱々しい人間性や直ぐに人に同調して集団に入ろうとする日本人又簡単に心を入れ替えその回数の多さに飽き飽きするのも日本人自らであることを、私達はよく知っている。 今度の東日本の未曾有の地震や大津波の中で極自然に大和心の恥ずかしさから出た行動が世界中の人々を感動させているようだ。スーパーの若い店長を中心に、店の品物をあれこれと持ち出し、それを見ていた被害者の妻たちが潰れた自分の家の中から壊れた冷蔵庫の中の食品を持ち出し、それによって人々は数日間飢えを凌ぐことが出来たという。しかしこう言ったエピソードの傍らで日本人は家の中や庭の中のゴミをそっくりそのまま公道に捨てるような、煙草の吸殻を車の窓から他所のうちの玄関先に捨てるような恥ずかしい日本人だということも知っている。それに比べ、ドイツなどでは道のゴミなどを綺麗に集めて、清掃車が来るまで、自分のうちの中に止めておくという国民性を極自然に持っているということも知っている。こんなことをいちいち取り上げれば切りはない。 私達はもう一度大和民族を北の北海道から南の南西諸島のはずれ迄簡単な世界理解の地理や歴史を考える頭から離れて素朴な思いでみつめてみたい。今度の大災害の中で生きなければならない苦労を通して日本人自身を素直に認める必要があるようだ。そして文明の時間の中で大きく伸びた日本社会の歪から一歩引いて、本来の大和心や大和撫子の心を自分の中に生かしてみたい。 グローバルな意味において他に見られない大災害を受けた日本列島だが、これはむしろ日本人自らにとっても又日本を見つめる地球上のあらゆる人々にとってもとても大切な時間を与えることだろう。
何事にも存在するものには外の形があり、中の様々な性格や特徴が存在し、それらがそのもの全体の勢いや存在力を周りに示すことになる。物の形態というものはその物の生命だと言っても良い。生命というものが特別、別の形で一点に集中して集まって存在するものではないようだ。
全てのものには豊かな中身があり、その中身とは物語でありその筋であって、それに目を通して先に進むと話の内容が少しずつ分かり始め、そのもの全体が意味となって、即ち心となってこちら側に理解できるようになる。 人間の周りに存在する全てのものには言葉が付いて回る。その一つひとつを噛み分けながらその言葉の色彩や重さを納得しながら次の言葉に入っていく。このようにして存在するものの理解はかなり深いところまで進むのだが、結局最後にはどんな存在物でも言葉そのものというその周りにつきまとっている一切のものを取り除いた純粋なものに人は突き当たるのである。そのものの値段の高い低いや、大きさや色彩の鮮やかさなどそれに目を注ぐものには異常なほど多くの影響力をもって迫ってくる。しかし最後にはどんなものでもその物の経てきた時間や長い歴史の流れや、使われてきた時間の経過の中で言葉だけが残される。言葉には一切のきらびやかさや誉れ豊かな武勲の流れなど取り去られて何一つ付いてはいない。そのものが、ただそのままポツネンと存在するという現実だけが一見とてもみすぼらしくそこに存在する。そのみすぼらしさは心を込めて見つめる人にとってまたとない大きな深い感動となって広がる。何一つ見栄えのしない古びて薄汚れている骨董品が然程値打ちが無いのにその前に立つ人の心を動かすというのはこのことなのだ。長い時間と歴史と様々な色彩に身を当て、今日まで進んできたその長い時間ですら一瞬の時間と重なりそこにはこれぞといって目の前の人を驚かしたり感動させるような何ものをも見せることはない。 そこに存在するものは何であってもそういった今は見えもしない時間の中で一瞬現れた物のように自分を見せ、しかも周りの人達もそのように扱うだろう。本物とは、本当の自信があるものとは、それで良いのだ。その前に立つものが試されるのであって、それ以外の何ものでもない。 古代の人々が獣を撃ち取りその毛皮を剥がし骨を外し柔らかな肉を削ぎとり、素朴な燃える火の上で煮たり焼いたりするのに使ったかもしれない実に硬い石の包丁や斧などを見る時がある。私自身そういったものを一つ持っている。そういった古代人の使ったかもしれない道具は何一つ現代人を前にして語ることはない。硬いしかも鋭く尖った姿を見せながら彼らの道具はどんな長い時代をどの様に過ごしてきたのか、冷たい氷の水の中を、燃えるような熱い炎の中を通ってきたのか長い時間の中の感じを今日の私達に公開しようとはしない。確かにナイフのように厳しい尖り方を見せている石ころはただそのまま一切を語らず、むしろ目の前の人に彼らの言葉を通し何かを語らせようとしているようだ。存在するものは全て自らを語らない。特に長い時間の中で様々なことを体験してきたものほど硬度が高く口を開くことは先ずない。その前に立つものがあらゆる言葉をぶつけながら何かを語っていかなければならないのだ。
人間には身内のものとか仲間というものを他の人々と区別して扱う所がある。個人的に必ずしも家族とか仲間といったものが大きな輪になってその人を取り囲んでいる場合もあるが、中には一人二人のひっそりとした付き合いでしかない場合もある。この小さい人の群れは、必ずしも団体とか集団といった名称で呼ばれることは出来ないが、百人千人と広がっている如何にもマスゲームとしては見栄えのする集団なのだが、そこには複数の人間の集りにみられる精神又は言葉の濃さというものが感じられないのに比べ、内容がよく濃い本当の同胞、又はハラカラという意味で繋がっている人と人との関係というものは望めない。グルジィエフの思想はこのようなイナー・サークルとして位置づけられていて、単なる社会的な又思想的な明るい団体としては周りに映らなかったようだ。一見フリーメーソンのように世界的ではないにしても何処か秘密めいたところがある団体からは程遠い所でグルジィエフは人間の本当の生き様を見ようとしていた。
遥か昔アトランテス大陸が存在していた頃から現在の文明社会の周りに広がる宇宙的な謎を解く鍵について、彼は彼自身の中から紡がれた智識を伝承しているのである。どの様な組織とも関わりなく、それでいてその秘密めいた人生観は、心ある者には決して現代の神話として脇に捨て去ってしまうことは出来ない。それは人間に内在している叡智とも考えられるようだ。グルジィエフやウスペンスキーはこのような結社が地球上の何処かに物理的に存在すると考え、中近東やインド各地を探索していた。グルジィエフは中央アジアのサーマン・ブラザーフッドと呼ばれる訓練所又は神学塾で彼自身の宇宙観又は人生論のシステムをそこに集まった弟子達に伝授した。こういった中央アジアに出現した学校とも、訓練所とも所謂アメリカのプロテスタントの牧師たちを海外向けの逞しい宣教師に仕立て上げる為に合衆国の各地に作られた「ブーツキャンプ」に近いものだったかもしれない。全く文字など知ることなく自然を自然のままに見つめていた裸族たちに天然の豊かさを教える文明社会の大学教授のような、というよりはむしろ独学で身に着けた碩学の士が敢えて大学から頼まれて講師になったような人物こそ、確かに真実の教師であり、本来の宣教師だったのではないか。グルジィエフもウスペンスキーも彼等の履歴を問うならば、次から次へと出てくるビブログラフィカルな表現が私たちの心を燃やしてくれる。 グルジィエフは惜しみない言葉をほとんど全部使いながらまるで天使を見ているようにウスペンスキーを見て羨望した。ウスペンスキーが彼の心をそのまま表したような作品は『天使論』である。古今東西のあらゆる神秘主義的思想をフルに採用し、グルジィエフ独特の体型を完成しているのが多くの彼の作品である。神秘主義は文明社会の綺麗事の一切を掃き清め自由自在に人が解っていたり、まだ納得できないあらゆる面に於いて単純に大らかに万有をそのまま信じているだけなのだ。 グルジィエフもウスペンスキーも、ミラーもそして梁山泊のごくごく僅かな私たちもこう言った新しい天使論を信じているのだ。私たちを一つのカルト集団と見做さないで欲しいものだ。 コメント欄にあなたのご意見をお知らせください
茫漠とした不可解なものでしかなかったのが神秘思想だった。芥川龍之介の心に彼が自殺するまで常につきまとっていたのが、この漠然とした不安な気持ちであった。所謂科学精神の光をこの神秘思想に最初に当てたのはウスペンスキーであったと言えるかもしれない。
二十世紀から今世紀にかけての神秘主義思想を語る時、誰しもウスペンスキーを外したところで考えることは出来ない。1915年ウスペンスキーはグルジィエフと出会うのである。「ターチャム・オーガム」に始まる学者ウスペンスキーの神秘思想へのアプローチは数年に亘るグルジィエフとの師弟関係によって大きく変わる。科学者ウスペンスキーから神秘思想の実践家への変身の時期があった。グルジィエフというマトリックスはそこに第四の道を歩むウスペンスキーを出現させる。 グルジィエフは単身ロンドンに渡り、彼地に自分自身のセンターを設立した時ウスペンスキーは彼独自の展開を始めだした。それは1921年のことであった。グルジィエフとは異なり、ウスペンスキーの主な興味は次の次元論である。 彼の次元論は従来の時間と空間に関する感覚を完全に超え、現代物理学の言葉で「スペース・タイム」(時空)という概念に共通点を見出すことが出来るのである。輪廻転生、パラレル・タイム、永遠回帰など、ある意味では実生活に即さない、単なる感傷に過ぎない概念を彼は語りたがらないのである。しかし彼の著作『第四の道』の中では言葉のはしばしに彼の主要な関心事がそこにはっきりと有ったことが窺われる。『A New Model of the Universe』(超宇宙論)など、極めて知的な著作の影には豊かな情熱と研ぎ澄まされたような感傷に溢れた人物ウスペンスキーの存在を感じない訳にはいかない。彼は人間の未来に絶望しつつも、明らかにそこには何らかの光明を見出していたのだ。それは眼に見えないくらいに幽かな光りであったかもしれないが、そこに唯一の可能性を見出そうとしている。人間は常に進化する可能性を秘めている。彼は隠秘な性格を持っている数多くの原観念や言葉を新しく自分の中の脳細胞の中に宿していた。従って多くの彼らしい仮説が生まれそれは現代人の想像力の貧困さを貶めるのに十分な力を持っていた。バーバリズム、つまり野蛮さの原理の中にしか人間本来の純粋で素朴な原理はないと彼は信じていた。こういう考えを彼独特の大自然理解の中に持っている彼は、やはり堂々とした碩学の徒であることは間違いない。 コメントをどうぞ(明窓出版編集部)
雑草を刈ったり抜いたりして梅雨の合間の晴れた日を利用しているが、雑草は常に伸び、これからの夏から秋にかけて絶えず大自然の動きと格闘しなければならないようだ。一言で言えば雑草だらけの、というよりはそういった雑草を抜いた後の庭や竹薮の中は「雑草と限りなく楽しんで暮らせる本当の荒野なのだ。」
生きると言う事はただ単に家族と暮らし、必要な金のために本当の意味では本人の喜びには決してならない仕事にその人の人生の大半を費やしてしまう恐ろしいロスの時間だ。自分の好きなことを生命をかけ、自分の喜びとして何処までもやっていけるなら、それは間違いなく人の悲しい社会の中で与えられたルーティーンによって動かされている身ながら、与えられた生命を全うできる本当の生き方のようだ。心の中に又日々の行動の中に、我々には常に雑草が後から後へと生えてくる庭がどうしても必要である。 雑草という言葉で茂っている心や魂やそこから生み出される生命こそ、大自然の咲かせる花であり、天然がキラキラ輝かせてくれる清冽な放射能なのである。人生には完全に予想可能なような道筋はありはしない。人生を旅するものは毎年、毎日、意外と思われるような道標に出会い、全く予定していなかったような事情のもとで道筋を変えることが多い。プランを立てていたものが何時の場合でもそれをご破算にして新しく進みなおさなければならない時が各地で起こる。つまり人生の旅は常にリプランしなければならない。だがこのreplanは常時生き生きと動いている生命にとってなくてはならない大きな力なのだ。文化生活というか、文明のプランの中に閉じ込められている人は目の前に現れるこのリプラン又は非常の事態などをやり過ごしてしまい、それがチャンスであって本人にとってはなくてはならないものだということさえ無視して予定通りの道を進んでしまう。自分らしく与えられた生命を旅するためには、あまり利口であってはならない。利口さとは結局この世からは離れることが出来ず、本来の人の力を発揮するシンプルさの前では敗退してしまうのだ。豊かで活き活きとした本当の身体や心はこの単純さからしか生まれないのである。 文明人間が自ら作り出した、地上至る所に流している僅かな種類の悪質な放射能は別として、太陽などすべての恒星などから発射されている天然の流れとも言うべき微妙な放射線の力はあらゆる生命体の生みの親とも言うべき気の働きなのだ。このような天然の放射能にははっきりと天地創造や生命を生み出す力が備わっていることを私たちは知っている。文化文明のあらゆる力は、人間が原始理論の中で作り上げた生命を縮めるような放射線を声高々と伝えている。 私達は、野や庭の、抜いても抜いても雑草にも似た天然の限りない放射能を身体中に、又心の全域で日々受け止めたいものだ。
人には何事に関してもその人の力を出し尽くす、いわゆるチャレンジする思いがある。有るというよりはむしろそう云う時間がなくては人は生きられない。真面目な態度でいても、ぐうたらな態度でいても、笑っていても泣いていても、人は常に自分の中の精神に心を込めて取り組まなければならない存在であるようだ。誇っていても、恥をかいていても、常に最も下の自分から立ち上がる意気込みがなくてはならない。燃える心こそ、その人を一歩前進させることになる。どんなに天然の中でゆったりと流れていても、そのまま同じ状態で居られるなら、そこには間違いなく長い間には緩みが生じてくる。この緩みこそ人の敵なのだ。
真面目に生きていれば良いというのではない。笑い、泣き、怒っていても力一杯自分を出しきり、今置かれている状態にぶつかっていかねばならない。同じ流れの中で浮かんでいるなら、そこにはどのようなチャレンジ精神もその人らしい生き方のリズムも現れてくることはない。生きると言う事は、より良い環境に生まれ、その中で育ち、老いていくことではない。むしろ不幸であること、不満であり苦しく悩み痛む今の自分を、むしろ与えているものをチャンスとして受け止める人こそ、幸せである。人よりも余計にチャンスを与えられている自分に感謝が出来る人は明らかに周りの人以上に幸せを受けている。より多くの苦しみこそ、又痛みや悲しみこそ、その人をより多くの幸せに既に引きずり込んでいるのである! 言葉とは人の中から出てくる幸せの流れなのだ。言葉こそいきいきした人生そのものであり、人は人生を常に自分の言葉というもので以て投映する影なのかもしれない。言葉はそこに結果する種なのである。現実を造り出す夢だ。何かによって失われ、崩される言葉は要するに自分の心から出た言葉ではないのである。時間や歴史の中で様々な言葉によって吹き飛ばされ、考えによって消されていく文明社会の中で流れている言葉は初めから捨てて掛からなければならない。そういった言葉は、単なる社交辞令であり誰もが同じ時に同じように使っているので、何かを本気でやる人にとっては殆ど意味を持たない。永遠という時間の流れの中では益々大きなエネルギーを生み出す。放出するエネルギーの塊としての言葉は、その人の心から生み出されるものであって、それを生命を守る放射能の類と見て差し支えない。こういう言葉は沈黙に裏打ちされた心の言葉であって、それを精神そのものと呼んで差し支えない。人は何事においてもチャレンジする力を発揮する言葉でもって生きたいものだ。
鉄は熱いうちに打つのが良いと言われているが、果たしてその鉄則に従っているだけで良いだろうか? しかもそうすることによって人は一つの方向から向きを変えられないでいるのも事実だ。単に師や社会から何かを学ぶということよりは、独学の方に重点をおくというのはこういった意味においても大きな意味を持っている。
自分の中で動き出す大きな力が師の言葉や教えや、いわゆる学校の定めた方向から飛び出して動くとき、その人間は苦しみも多くなるが、何か本人らしいものを発揮することになる。バイブルに寄り添っているだけで動きの取れないキリスト教信者や、経典に縛られている仏教徒も、コーランの重さに耐え切れなくなっているイスラムも、この点から言えば余りに固く打ちすえられていて、そこからより良いものに飛び出す勢いが無くなっている。 生命がより良くなる為にはどんなに打たれていても最後の1%ぐらいに動き出せる余裕がなくてはならない。その力は独学精神から生まれてくるものだ。より大きく伸びる為、更に個性豊かな自分になる為にはまるでこれまでの教えとは反することを言うようだが、柔軟な、また曲がりやすい、伸びやすい自分を常に用意していなければならない。生命体は何であっても常に心と身をくねらせる状態でなければならない。ある意味で、文明人間とは何処までも硬い鋼鉄の塊の様なものであり、チタンのような一切の曲がりを許さない律の様なものだと思う。 人は若い頃、幼い頃、常に接近してくるものよりも更に大きくまた良いものになろうとするため、大人から見れば耐え難いほどの頑固さで、訳もなく泣き叫ぶことがある。大人はそういった子供や若者の頑固さを第一反抗期とか第二、第三反抗期などと表現している。既に固まった人格の中でしか生きられない大人という名の人間は、そのことによってこの社会を十分穏やかに、しかもどんな困難な中でも何とか生きられる自分に深い安心感を持っている。この安心感がないのは本当の宗教人であり、芸術心を生き方の底に持っているごく僅かな人達だけである。社会的に何の問題もない宗教人や芸術家達は山ほどいても、完全に固まっている鉄の塊のような生命体は自由に動くことが出来ない。一見とても頑固なのでなにか役に立つように見られてはいるがその実殆ど無価値なのである。 周囲の者たちを様々に傷つけてしまう或る人達も、意外とこちらの心を大きく広げて見つめて見るならば、実はとても心の優しい人達に見えてくる。
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